こうの史代『夕凪の街』
■こうの史代『夕凪の街』をやっと読む。名作だと思う。昨年9月、休刊目前の「週刊アクション」に読み切り作品として掲載され、(一部で)話題を呼んだ作品。これまで同人誌でしか読めず、その同人誌も既に入手困難だったのだが。(以下、極力ネタバレは避けたいので、断片的かつ抽象的な表現が多くなっているかも)
掲載からちょっとして、地元紙に彼女のインタビューが載ったのだが、それによると、彼女自身は原爆についての知識はさほどなく、編集者から「広島出身なら8・6のことを書いたら」と勧められて、取材を始めたらしい。
題材からつい想像されそうな、古典的な被害者意識からは、遠い作品となっているのはそういう背景もあるのかもしれない。
■舞台は戦後10年経った広島。主人公は、バラックに母親と2人で暮らす若い娘・皆実。小さな会社に勤める彼女の、さりげない日常を淡々と描いていく。職場でのささやかな楽しみ。ぎごちない恋。そして。
彼女の内面に根深く巣くうのは、ある種の「加害」の記憶。
■描かない、という描き方、というものがあるように思う。
ほのぼのと叙情的、とも言える柔らかな、こうの史代のタッチを見て、最初は「原爆ものとしては向いてないのでは」と感じた。けれど、「リアル」で「残酷」な描写を敢えて避けることで、何かを浮かび上がらせる、そんな困難な試みに成功していると思う。
望まぬ死、から連想する色は、一般的には黒をイメージしがちだが、実のところ、喪失とは白、なのかもしれない。胸の芯を鷲掴みにするようなラスト数ページ。
■被爆の実相を正しく伝えよう、というような言い方があって、それはそれで正論なのかもしれないが、正直、かなりの違和感がある。そもそも正しい実相って何だ。
被爆者1万人の証言を集めれば、1万通りの「8・6」がある。1万人の「神戸」があるように。1万通りの「9・11」があるように。
ここで描かれてるのは、もちろん、架空の主人公の個的な体験にすぎない。けれど、極めて個的な「実相」の集積としてしか、歴史的事実はあり得ないはずなのだ。「死者○万人」といった「数字」は、実は何も伝えない。
街の片隅の、小さな、魂の物語。続編的な作品も合わせた単行本『夕凪の街 桜の国』があす12日発売。埋もれかけた名作が、やっと日の目を見る。


Comments
>「死者○万人」といった「数字」は、実は何も伝えない。
まさに、ここに共感です。
生き残って生き地獄を味わい、そのあげくに
亡くなっていった方たちの胸中、
原爆二世たちの胸中、はかり知れません。
はかりしれないから、クリエイターの方々に、
筆を尽くし続けてほしいと思うのです・・・。
Posted by: ルー | 2005.02.02 at 08:07 PM
コメントどうもです。
原爆に限らず、「描きにくい」「想像の及びにくい」困難にチャレンジしてくれる描き手が、こういう作品を契機に、どんどん出てくれるといいなあ、と私も思います。描き尽くされた、と思われがちな題材でも、まだまだ描きようはあるのだ、ということを実証して見せた、という点でも、素晴らしい作品だと思います。
Posted by: んばぎ(一知全解) | 2005.02.03 at 02:15 AM
私は8月6日生まれです。
子供の頃は、この誕生日が嫌いでした(人に教える時「広島の原爆記念日です」というと、1発で覚えて貰える以外は)。
主な理由は、子供用に改変されている夏休みのTVが原爆の追悼番組(原爆に焼かれた人の映像とかがかなりあった)にばっかに成るからで、楽しいはずの誕生日に何か水を差された感じにもなったからです。
誕生日を祝う年ではなくなって久しいのですが、この作品を読んで、自分がこの日に生まれた微かでもある意味を考えさせられました。
とくに、「夕凪」の主人公が、原爆を落とした国の人は、また一人、自分が原爆の所為でうれしいの、と問いかける場面の切なさは、感覚が鈍磨し、皮だけが厚くなった私の胸の中に深く突き刺さりました。
この作品が、もっと世界に広がり原爆のことを再考する機会になればいいと思います。
追伸、
私はこの日に「記念日」と付けた人の神経を疑います。せめて「原爆哀悼の日」とかに出来なかったのでしょうか。戦後60年です。単なる呼び方の問題かもしれないですが、もう少し良い呼び方を考えても良いのではと思います
Posted by: | 2005.05.07 at 12:19 PM
上の投稿したものです。名前を書き忘れました。大変申し訳なかったです。
Posted by: 言永つむぐ | 2005.05.07 at 12:22 PM
コメントどうもです。
間違いなく今後長い間、読み継がれ語り継がれる作品だろうと思います。
記念日という呼称ですが、前にもこのBlogのどこかで書いた気もしますが、
少なくとも広島では「原爆記念日」という言い方はほとんどしてないと
思います。
私の周囲では「原爆の日」という言い方が一般的です。
Posted by: んばぎ(一知全解) | 2005.05.08 at 04:52 AM
TBさせていただきました。
静かで激しい心に沁みる作品でした。
Posted by: タウム | 2006.09.09 at 02:13 PM